火を絶やすな。
大学の友人Yから電話があった。
「俺、会社辞めたんだ」
と、Yは言った。
僕は別に驚かなかった。
「そうか、そうなんじゃないかと思った」
と、僕は言った。
僕は本当にそうなんじゃないかと思っていた。
Yは会社勤めに向いている人間ではない。素質は十分にある。
だが、彼はそんなところに甘んじている男ではない。彼は何かを創造できる男だと常々思っていた。
なので、遅かれ早かれそうなるだろうということはわかっていた。
「お前ならわかってくれると思ったよ」
「Yならやりかねないからな」
「そうだろ。なあ、今から会おうぜ」
時刻はもう13時を過ぎていた。
Yと僕の家は電車で2時間以上離れている。
僕は聞いた。
「今から?」
「そう、今から」
「やれやれ」
そして、Yははるばる神奈川から僕の家に来た。
渋滞の中を赤いフィットに乗って。
3時間以上かけて。もう17時近く。
やれやれ。
僕の家に来たYは、僕の母親に丁寧な挨拶をし、庭のことをすごく褒めてくれた。
将来家を持ったら、こういう庭にしたいとさえ言ってくれた。
祖母がほぼ全て管理していると言うと、感心していた。心から。
美容院に行っている祖母に挨拶ができなかったことが心残りだったと、Yはあとで言った。
僕はYを手賀沼へ連れて行った。
手賀沼の先っぽで、低く垂れこめた雲をじっと見ていた。
僕は言った。
「ここらへんは芸術家が沢山住んでいるんだ。みんな、この土地、この手賀沼が好きで集まってくる」
「ああ、よくわかる。わかるような気がするよ」
Yはよくわかっているはずだ。
なぜなら彼は何かを創造できるし、優しく勇敢だ。
Yの考えにはいつだって希望がある。
今回だってきっとそうだと僕は思う。
道がひとつしかなくても、それにかすかでも考えがあるなら、それはきっとうまくいく道。
手賀沼はもう夜になりつつあった。
半袖では少し肌寒くなってきた。
「半袖じゃ寒いな」
と、Yは言った。
「うん、寒いな」
と、僕も言った。
fin.