水平線に君は没するなかれ。






ごろん。




下北沢の中華屋の窓際の席、
大学時代の友人Yが鞄から机の上に出したのは、木の板だった。
広葉樹の材で、色は黄土色で乾燥してるように見え、形は歪だ。
そこら辺に落ちていてもおかしくない、何の変哲もない木材だった。
なぜ今、この飲食の場で、友人の私に向かって、これを机の上に出すのか。
何の変哲もない木材を。
よくわからない。



よくわからないが、私は思う。
Yの鞄から出てくるものに普通のものはない。
よくわからないお面、よくわからない絵画、よくわからない縄や蔓…。
彼の鞄は、よくわからない品々が出でる情熱の鞄なのだ。
きっとこれも普通以上のよくわからない木材なんだろう。



「なんだよこれ」
私は問うた。


「俺がナタで割った木だよ。この形、表面の凸凹を触ってみろよ」
と、Yは言った。



私は手にとって触ってみる。
その表面はささくれで怪我をしてしまいそうなほど粗く、ゴツゴツしている。
その無奔放さに不思議と温かみを感じる気がするが、そんな気がするだけかもしれない。



「な、いいだろ?磨いてツルツルになった製材品なんかつまらない。俺はこういう触感を刺激するような木の特質を大切にすべきだと思うんだ」
と、Yは言った。


私は考える。
そして、言う。



「まったくそのとおりだ」



まったくそのとおりだった。
五感を鍛えずに育った子供達の何が想像力だ。
それはYの言う、情熱の欠如や芸術の衰退に繋がる。
私にとっても恐れるべきことだ。
Yはそれらを取り戻すために限りない情熱で奮迅している。
ひとりでどうしようもない問題を抱え込んでている…。



「よしSSK、これから喫茶店に行こう。そこのテーブルの感触がすごくいいんだよ。一日中こうして触っていても飽きないんだ。仲間意識みたいなものを感じるんだな。なあ、行こうぜ」



仰せのままに、って感じだ。
私はコップに一瞥を加え、残っていた水と氷を一気に飲み干した。





fin.