足りない足りない。

友人Mへ



久々に、本当に久々に筆をとる。
久闊を叙する。
こんなかたちでの再会となってしまったことを許してほしい。



君に便りをするのは一体何年ぶりだろうか。
久遠の年月が経ったが、君が駅前のセブンイレブンに違法駐輪をしていたことがつい今日のことのように感じる。
あれは幼年時代の悪戯でありまさか今でもそんなことをしているとは夢にも思わない、否、県民の模範たる君がそんなことをしているはずがないのだ。
もし君の自尊心を傷つけたのなら心から詫びる。



閑話休題
ところで今日ついに筆をとったのは意識の偶然などではない。
そこには複雑な紆余曲折があり、深い因縁がある。
単刀直入に言うと、君に伝えなければならないことがあるのだ。
君はなんというか、つまり、言いづらいのだが、少し理解力に乏しいところがある。
そんな脳足りんな君に(おっと失敬)、わかりやすく説明する。



名古屋。
君はこの言葉を聞いて、何を連想するだろうか。
日本のまんなか、広い道、新幹線…。
君が思い浮かべるのはせいぜいこのくらいだろう。
だが君が思い浮かべられなくとも、名古屋には我々の血潮となり流れるものがある。
もう、いくら君でもわかるだろうか。



しかし我々は…そう、私と君は赤味噌の血潮が流れているにも関わらず、名古屋に赴いたことがない。
それは水晶の中に煌めく光の如く、触れることできない輝きだった。
だが我々はそれを暗黙の了解とし、誇り、さらに美徳としてきた。


果たしてそれが正しいことなのか、私にはわからなかった。
しかし惰性のうちにこの歳まで老いさらばえてしまったのだ。
恐ろしいことだ。
ひどく恐ろしいことだ。



昨日、自分の部屋の掃除を終え、ロッキングチェアに揺られながら思った。



「飛び出したら一面のいつもと違う新世界?新装開店リニューアル…」



だから、私は迎えに行くことにした。
今、私は、自転車で名古屋に向かっている。



もしも君がその錆びれた折り畳み自転車で追いかけて来てくれても私は構わない。
今、私は秦野市の漫画喫茶で兎の如く身体を横にしている。



私の目指す尾張に優劣など存在しない。
そんなことはわかりきっている。
しかし私はいつか君に会った時にこう言うだろう。



「え、君、名古屋はじめてなん?マジ?笑」



時間は待ってくれない。
ビリーブ。




fin.